2008年11月30日日曜日

室内廊下をもっと広く

マンションの中身についての評価は、一刀両断できるほどカンタンな話ではない。そこに住む人のライフスタイルによって変わるからだ。

以前の投稿で「悩ましい細切れの部屋」という記事を書いた。小さな部屋に不満を持つ方は多いのは事実である。しかし、小さくても部屋数が欲しいという方もいる。一定の面積の中で部屋数を増やすと当然のように部屋が小さくなってしまう。そのしわ寄せは、バスルームやトイレ、廊下などにも当然及ぶのである。

室内に入ってみて廊下が狭く感じると、それだけで印象は悪くなってしまう。狭い廊下でも生活はできるのだが、豊かさを感じることはないだろう。「生活できればいいのよ」という方はそれでもいいが、なんとなく圧迫される「気配」を感じ続けていると、負のフィーリングが蓄積してしまう。これはいい結果にならない。このことは飯田史彦さんが講演でお話されている「残存思念」という考え方と似ている。

あなたは「残存思念」という言葉をご存知だろうか。

生きがいの創造」でおなじみの飯田史彦さんの講演会に参加したお医者さんからうかがった話である。

おおむね、次のような内容だったと思う。

残存思念」には、正の残存思念と負の残存思念の二つがあり、負の残存思念は人々の辛い想いや悔しさなどの、負の思念が残って溜まってしまうこと。その反対に、正の残存思念は、喜びや感謝、幸福感などの思念が溜まること。この残存した思念が「場」に影響を与えることから、注意すべき情報として残存思念をとらえている。

ざっと、このようなことだったと記憶している。

負の残存思念の例を出すと「競売不動産」がある。経済的に追い詰められて、裁判にまで発展し、悩み苦しんだ波動が不動産に残存してしまっている。残存思念という言葉を知る前から、仕事上でその事例をたくさん見て感じてきたからよく分かる話であった。

この反対に、正の残存思念の例が、東京ディズニーランドだという。これも即納得してしまった。たくさんの子どもたちが喜びの波動を出して、その集積が膨大なものになっているからだ。大人から子供までみんなが喜んでいる場所で、年間の来場者数が2500万人にもなるというからすごい。お子さんに「ディズニーランドに行きたい!」と言われたらぜひとも連れて行ってほしい。幸せのシャワーを親子で浴びるのもいいのもだ。

話が横道にそれたが、言いたかったことは、狭い廊下は圧迫されるような気配あるいは負の波動を感じ続けるから、廊下は広くして欲しいということだ。ちなみに私は競売不動産には手をださない。経験的に残存思念に近い考え方を知っていたからだ。